人類はさまざまな伝染病に苦しめられてきました。そして今もCOVID-19に苦しめられています。伝染 病の歴史で今も必ず語られるのは1854 年のロンドンコレラ禍の鮮やかな収束です。
当時、コレラはかかると「数日で死んでしまう病気」でした。しかし流行を始めたコレラは、ある方法によりわずか10日で収束したのです。それを振り返ることはCOVID-19 に怯える現代にも役立つと思います。

細菌が発見されるまで「伝染病が流行る原因」として二つの説が信じられていました。

1. 瘴気(しょうき)説:空気中に漂う瘴気が病気を広げるとする説です。瘴気とは「病気を伝える何かを含んだ空気」というような意味です。

2. コンタギオン説:病気にかかった患者と接触する事で未知の何かが健常者に乗り移り病気を広げるという説です。イタリア人医師のジローラモ・フラカストロ( 1478 -1553 年)が唱えた説です。伝染病はある種の何か、当時の言葉では「contagium vivim, contagium animatum 」によって伝染すると言う説です。

※contagiumは病気を伝染するモノ、vivim は生き物、animatumは動く物、ラテン語です。

それに対して以下のような対策が取られていました。

1. 瘴気蔓延対策として、空気がきれいな場所に住む、部屋の空気を入れかえるなどの方法

2. 病気を伝染する何か「 contagium vivim, contagium animatum 」から逃げるため、病気にかかった人との接触を避ける、病人の使ったものに触らないなどの方法

当時の伝染病対策も現代のCOVID-19 への対策に重なる部分がありますね。しかし残念なことにコレラにはこれらの対策は無効でした。 1840 年代、ロンドンでコレラが流行したときの衛生責任者は瘴気がロンドンに蔓延しないための方策としてコレラ流行地域の下水(= 糞尿)を強制的にテムズ川に流しました。下水をテムズ川に流したことで、ロンドンの町から糞尿の臭いは消えましたが逆にコレラにかかる人が急増したのです。
当時ロンドンの上水道( つまり飲み水)はテムズ川の水を利用していました。テムズ川の水の採取場所のいくつかは下水を流した場所よりも下流でした。コレラ菌を含んだ糞尿混じりの水を上水道として使ってしまったのです。それによりロンドンでコレラにかかる人が急増、死亡者は数万人に上りました。コレラで亡くなることは、コレラ菌を便中に排出する人がいなくなることを意味します。そうなれば下水中のコレラ菌は減少し一時的にコレラは収束に向かいますが、ゼロにはならず、度々コレラはロンドンで流行っていました。

冒頭で紹介しましたが、1854 年8月28日からロンドンのソーホー地区でコレラ患者が急増しました。このときのコレラ禍は医師のジョン・スノー(1813 -1858)の処置と、副牧師のヘンリー・ホワイトヘッド(1825 - 1896 年)による詳細な観察とデータ収集により食い止められました。スノーはコレラを発病した住民が多発している地域と生活習慣を分析し、コレラの原因は住民が飲んでいる「水」にあると考え、コレラが流行っている地域の井戸を閉鎖しました。これによりコレラにかかる人が急速に減ったのです。

後に解ったのですが閉鎖した井戸には下水がしみ出していたのです。ホワイトヘッドはソーホー地区担当の副牧師だったので街の住民がいつ、どのようにして亡くなったのかを詳細に知っていました。井戸水が原因とするスノーの考えを裏付けるデータを集め、スノーの仮説を立証しました。この二人の活躍でコレラは10日で収束しました。

病気の原因を生活環境などとの関係から考察する学問を「疫学」と言います。スノー医師、ホワイトヘッド副牧師は学問として確立していない時代にすでに「疫学」をしていたのです。COVID-19 対策でも疫学調査が行われています。スノーが考えついたような対策が見つかってほしいです。


※このコラムは2020年4月15日に執筆したものです。


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