今号は「死」についての考察です。大動脈瘤という病気があります。大動脈が太くなる病気で、太くなりすぎると破裂します。アインシュタイン、司馬遼太郎などの著名人も、大動脈瘤破裂のために亡くなっています。東京都監察医務院によると、突然死の死 因の4 番目が大動脈瘤破裂とされています。これは「東京だから解る」事なのです。大動脈瘤破裂は症状が無く、診断されていない事も多く、破裂して初めて病院で診断される事も結構あるのです。大動脈瘤が生前に診断されていない状態で「破裂してお亡くなりになった」場合どうなるのでしょう? と言うのが今号の主題です。

病気が明らかで無い状態で死亡した場合を「異状死」と言います。異状死した場合、御遺体の解剖や御遺体の血液検査などを行う制度があり、それを監察医制度と言います。この制度による解剖を受けられる都道府県は極めて限られ、多くの都道府県では「事件性がない」と判断されると解剖は行われていませんでした。2013年4月に法律が改正され警察署長の判断で解剖の必要性が認められれば監察医務院のない道府県でも解剖が行えるようになりました。これが「新法解剖」という制度です。新法解剖は犯罪を想定していませんが、この解剖で「犯罪」が明らかになった例が散見されるようになりました。しかし、新法解剖も都道府県で施行率がかなり違い、まだ色々な問題があります。

救急病院に勤務していると、「突然死」で搬送されてくる患者さんがいます。その多くは持病があり、何らかの治療や投薬を受けていることがほとんどですので、「それなりの」病名を付けて死亡診断書が書かれます。持病が明らかでない場合、監察医制度がある地域では死因を明らかにするために「解剖」が行われます、それ以外の地域では、「急性心不全」といった病名を付けられて「処理」されていました(います)。変だとは思いませんか? 多くの医師は、こんなものだとあきらめています。
しかし…

「死後にCTやMRI を行い、死因を明らかにする努力をすべきだ」

「監察医制度が無い地域で突然死した方の死因はどうでもよいのか?」

「監察医制度がある地域でも解剖率は高くない、つまり日本は死因不明社会だ」


と言って立ち上がった先生がいます。
現在、放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院に勤務する江澤英史先生です(ペンネームは海堂尊です)。  死後にCT、MR I を行うことをAi( Autopsy imaging:オートプシーイメージング)と言います。Aiは1999年11月のある日に江澤先生が考えついた 概念で、この概念にAiと命名したのは江澤先生の同僚だった吉川京燦先生です。

病気が不明で亡くなる「異状死」の場合、法医解剖されることになります。諸外国では施行率が高く、米国では21%、イギリスでは45%、ドイツ80%、オーストラリア100%とかなり高率に行われています。日本ではどうでしょう。日本では異状死の解剖率が各県でかなり違いがあります。低いところで1.5%、高いところで31%です。日本では、病理解剖ができる医師も、法医解剖ができる医師も少数なため、死因を明らかにする解剖は諸外国に比して施行率が低いのです。つまり、日本は「死因不明社会」なのです。

江澤先生は病理医です。病理解剖を行っています。 そういう中で、日本は死因不明社会だと気づいたのでしょう。「異状死」には犯罪が絡むこともあります。有名なのは「久留米看護師連続保険金殺人事件」です。被害者の一人は静脈から空気を注射されて殺されています。犯人が仲間割れするまで病死として扱われていました。空気注入による殺害はAiを行えば簡単に診断がつきます。このように異状死には「闇」がありえるのです。病死でも「闇」があるかも知れません。元々心筋梗塞があり、治療を受けていて突然死すれば、「病死」と判断されるでしょう。しかし、本当は空気を注入されていたら? 毒薬を投与されていたら… そう考えると、実に怖い話です。

それはともかく、日本における人口当たりのCT、MRIの普及率は世界一です。ここに目を付けたのが江澤先生です。当時、筑波メディカルセンター病院放射線科の塩谷清司先生がAiと概念が重なるPMCT(Post Mortem Computed Tomography:死後CT 検査)の研究を始めていました。 江澤先生は塩谷先生とコンビを組んでAiという概念を日本や世界に広め、最終的にはAi 学会を創設されました。

Aiは正式に認定された制度ではありませんでしたが、2020年4月1日に「死因究明等推進基本法」が施行され、その第十五条に「死亡時画像診断を活用するための連携協力体制の整備」が盛られました。江澤先生方の努力が国を動かしたのです。

Aiを用いた診断が行われるようになり、多くの死因が明らかになってきました。2014年からは小児の急死・変死例には基本的にAiが導入され、生前に受けた虐待による死亡例が見つかっています。Aiは画期的な方法で、世界でも類例を見ません。遺体をCT、MRIで検査する、それだけでわかることがたくさんあります。動脈瘤の破裂、脳梗塞、脳出血、外傷の診断もできます。Aiには利点しか浮かびません。さらなる普及を望みます。

【参考文献】
● 海堂尊 著(2007)『死因不明社会―Aiが拓く新しい医療(ブルーバックス)』講談社
● 海堂尊 著、 塩谷清司 他著(2008)『死因不明社会2 - なぜAiが必要なのか( ブルーバックス)』 講談社
● 海堂尊 著(2011)『ゴーゴーAi アカデミズム闘争4000日」講談社
● 塩谷清司 他「死亡時画像 ―歴史と最近の動向―」モダンメディア, 53(10), 282-289, 2007



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