スマホを使うようになって「指紋」が身近になりました。指紋は犯罪捜査やスマホを使う際の個人識別などにも使われます。我々の生活は、ある意味、指紋で守られていると言っても過言では無いでしょう。
その「指紋が持つ重大な意味」に気づいたのは、明治時代にスコットランドから来日し、西洋式医療を広めたり、キリスト教の伝道をしていた医師ヘンリー・フォールズ(Henry Faulds:1843-1930年)です。フォールズは東京築地に病院を開き、診療をしていました。築地のフォールズ旧居跡には「指紋研究発祥の地」の碑があります。

彼は東京滞在中に「NATURE」2)(1880年10月28日605号)で「指紋」に関する論文を世界に先駆けて発表しています。

フォールズが指紋に興味を持ったのは大森貝塚を発掘中のこと

フォールズは、エドワード・シルヴェスター・モース(Edward Sylvester Morse:1838-1925年:縄文土器の名付け親として有名)の大森貝塚の発掘の手伝いをしています。その際、土器に古代人の「掌紋や指紋」が残っていることに気づき、指紋の研究を始めました。

指紋が付いた縄文土器

フォールズが興味を持った指紋付きの縄文土器(大森貝塚でモースが発掘した土器の一部:モースが発掘した土器は全て重要文化財に指定され東京大学総合研究博物館に所蔵されています)の中で指の跡がわかる土器を紹介します。『大森貝塚』(岩波文庫)にも掲載されている土器です。

たしかに指の跡があります。しかし「指紋」とはわかりません。なかにははっきりとわかる土器もあったのだと思います。

縄文人の指紋がはっきりとわかる遺物

フォールズや縄文土器とは関係ないのですが、縄文人の指紋がはっきりと残っている遺物を紹介しましょう。青森県八戸市にある是川縄文館に展示されているケヤキの樹皮に赤と黒の漆が塗られている容器の一部です。

指紋がはっきりとわかります。なんとなく数千年前の縄文人に親しみを覚えます。

話を戻します。 フォールズが日本で行った指紋研究には以下のようなものがあると思います。

  1. ● 指紋をインクで記録することを考案。ガラス板に記録すれば、指紋はランプで投影できることを示した
    ● 10本の指全てで指紋を記録することを推奨
    ●「 日本人」と当時日本に滞在していた「西欧人」の指紋を記録し、民族の間に指紋の相違があることを示した
    ● 親子で指紋の相似性があることを示した
    ● 指紋は生涯変わらないことを予測
    ● 指紋をさまざまな方法で削り取っても、元どおりに再生することを示した
    ● 犯罪捜査に役立つことを指摘

以上のようなことを診療の合間に研究し、「NATURE」に投稿したのです。これが、指紋に関する世界初の研究論文です。NATUREの論文によると、日本人は、フォールズ医師の申し出に快く応じてくれたとあります。現代に至る指紋研究の基礎に明治時代の無名の日本人が多大な貢献をしたともいえます。そのフォールズがNATUREに書いた論文を入手したので紹介します。論文の最後に「HENRY FAULDS Tsukiji Hospital, Tokio, Japan」とあります。築地で書かれた論文であることが解ります。


日本人の指紋

フォールズは論文だけでなく、数千人の日本人の指紋を研究した成果として指紋に関する書籍も多数出版しています。文献3)に載っている日本人の指紋を紹介しましょう。


残念な話

NATURE に論文を投稿する前、『種の起源』で有名なダーウィンに手紙を送り、指紋研究の紹介や協力を頼んでいます。これが悪手でした。ダーウィンは従兄で探検家かつ科学者のゴールトンに指紋に関する研究を紹介、そのゴールトンがいつの間にか「指紋の発見者」として知られるようになってしまったので、フォールズは忘れられ、墓も行方不明となっていました。そのフォールズの墓を見つけ出して再建したのはアメリカ人指紋捜査官です。1987年のことです。「指紋」研究の真の創始者はフォールズであることに気づき、自分たちで費用を捻出してフォールズの墓を再建したのです。これもフォールズがNATUREに論文を書き、本を何冊も出版していたからです。良い話です。書き残すことは重要ですね。犯罪捜査に指紋を使ったのはフォールズが最初です。アメリカ人指紋捜査官もその辺りを解読してくれたのかもしれません。そのあたりのとっておきの面白事情は以下に…。

論文に書かれてしまった明治時代の酒泥棒

指紋で見つけた「酒泥棒」のことをフォールズはNATURE論文に書いています。あるとき、フォールズが所持していた酒が時々知らぬ間に減っているということがありました。フォールズはガラス製の酒容器に残っていた指紋を検出して犯人を見つけたのです。ガラス容器に残っていた指紋を分析、それが教え子の1人の指紋と一致したのです。見つかった犯人も目を白黒させたことと思います。多分、世界最初の指紋による犯罪捜査記録だと思います。本当にフォールズは目の付け所が違いますね。

指紋に関しては他にも1.一卵性双生児で指紋は一致するか? 2.指紋を削り取るとどうなるか? 3.フォールズが指紋研究を「盗まれた」のはなぜかなど、興味は尽きません。その辺りはインターネットで読めるようにしてあります。「指紋」「望月」で検索すれば見ることが出来ると思います。



    【参考文献】

  • 1) コリン・ビーヴァン 著,茂木 健 訳(2005)『指紋を発見した男―ヘンリー・フォー ルズと犯罪科学捜査の夜明け』主婦の友社
  • 2) Faulds H: Nature vol.22, p.605, 1880
  • 3) Faulds H (1912) Dactylography; or, The study of finger-prints. Halifax, Milner and Co.
  • 4) Faulds H (1905) Guide to Fingerprint Identification. Wood, Mitchell and Co.
  • 5) Faulds H (1915) How the English fingerprint method arose, Wood, Mitchell and Co.
  • 6) Faulds H (1888) Nine Years in Nipon. Sketches of Japanese Life and Manners.
  • 3-6は全て、電子化されています。 「Historic Works on Fingerprints」というサイトで読むことができます。

注:文中使用した画像は東京大学総合研究博物館、青森県八戸市是川縄文館の許可を得て掲載しています。



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