筋萎縮性側索硬化症の診断や経過を予測できるバイオマーカーを発見

筋萎縮性側索硬化症の診断や経過を予測できるバイオマーカーを発見

2018年1月16日

東邦大学
株式会社ニュージェン・ファーマ
北里大学
シミックファーマサイエンス株式会社
 

 東邦大学医学部の岩崎泰雄教授、株式会社ニュージェン・ファーマの池田穰衛CEO (兼 北里大学客員教授(大学院医療系研究科))は、東邦大学医学部の狩野修講師及びシミックファーマサイエンス株式会社の研究グループと共同研究を行い、神経や細胞の保護に働くタンパク質であるNAIP:Neuronal Apoptosis Inhibitory Protein(エヌ・エイ・アイ・ピー)が筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)の診断や経過を予測できるバイオマーカーとなることを発見しました。
 本研究は、患者の血液(末梢血)の単核細胞で発現しているNAIPと運動機能(ALSFRS-R)との相関について追跡調査したもので、ALSと診断された患者と健常者のNAIPの発現量の差から、NAIPがALSの発症や進行に密接に関連していることを明らかにしたものです。この研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」(Springer Nature)のオンライン版(1月8日号)に公開されました。
 研究により、ALSと診断された患者のNAIPの発現量は健常者のほぼ半分だったこと、病気の進行が早い患者では NAIPの量に変化が見られなかったこと、病気の進行が緩やかな患者ではNAIPの量が経過と共に増えていたこと、また、NAIPの増え方の程度によってALSの進行に差があることなどが明らかになりました。
 このように、NAIPとALSの発症や進行との密接な関連が明らかになったことで、ヒトの血液中のNAIP量を量るという簡便な方法でALSの発症や進行程度を予測することが可能になります。これにより、今後、ALSの診断や臨床研究、特にNAIPを分子標的にした治療薬の開発が大きく進むことが期待されます。

 本研究は、科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)事業並びに文部科学省科学研究費助成金事業から一部補助を受けて実施しました。

発表内容(サマリー):

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注1)の究明は遅々としており、未だメカニズムは明らかになっていません。また、ALS治療薬の開発を目指してこれまでに多くの治験がなされてきましたが、そのことごとくが成功に至っていません。その最大の原因は、ALSの診断や進行を予測できるタンパク質や酵素などの分子指標(バイオマーカー)が見つかっていないからです。私達は、これまでに、既存のパーキンソン病用薬ブロモクリプチンが、細胞内のNeuronal Apoptosis Inhibitory Protein (NAIP:神経や細胞を酸化ストレスから保護し、機能障害や細胞死を防ぐ機能性タンパク)(注2)の発現を高め、ALS患者の症状進行を遅延させる(運動機能の保全)等の臨床研究結果を示し、NAIPが ALSの進行抑制ならびに運動神経保護に重要な役割を果たしている可能性について報告してきました。
 本論文では、NAIPの発現量がALS患者の病気の進行に関わる新発見について報告しました。
 本臨床研究では、ALS患者18名ならびに年齢適合健常者12名を対象に、末梢血の単核球(注3)で発現しているNAIPのタンパク量を定量(NAIP-Dot-Blot法)(注4)し、さらにALS患者においては、改訂ALS機能評価尺度(ALSFRS-R)スコア(注5)と努力性肺活量(注6)を運動機能評価の指標として用い、NAIP量との相関を4ヶ月毎に12ヶ月間、経時的に観察しました。これらの数値を統計解析(回帰分析)し、NAIPの量と ALSFRS-Rとの相関関係を検証しました。
 その結果、末梢血単核球のNAIP量はALS患者群で0.62±0.29 ngで、健常者群の1.34±0.61ngと比較し約半分に低下していました(P=0.0019)(図1)。サブ解析として性差に加えALS患者群では、発症部位別からみた臨床病型、罹病期間、胃瘻造設や非侵襲的換気療法導入の有無でも検討しましたが、有意差は観察されませんでした。
 ALS患者におけるNAIP量とALSFRS-Rの12ヶ月間の経時的な観察は、6症例で評価ができました。評価開始時からの経過観察では、NAIP量が経時的に増加する患者ではALSの運動機能低下が抑制され、逆にNAIP量が不変もしくは僅かに変動する患者では顕著な運動機能低下が観察されました。12ヶ月経過時での両者の回帰分析から、ALSFRS-Rの減少変化率 [(評価開始時ALSFRS-Rスコア−12ヶ月時のALSFRS-Rスコア)/ (評価開始時ALSFRS-Rスコア) × 100 ]とNAIP量(12ヶ月時)に非常に強い負の相関関係を示す数値(P=0.0016; R2=0.798)が得られました(図2)。すなわち、NAIPの発現量が多い程、ALSの進行(運動機能の消失)が遅くなる事が分かりました。

 今回の我々の結果から、NAIP量がALSの診断、予後あるいは治療効果判定のバイオマーカーになる可能性が示されました。ALSの補助診断としてNAIP量測定を行えば、早期診断や早期治療介入も可能になると考えています。また負の相関関係を示したNAIP量と経時的な運動機能変化の観察結果から、NAIPが治験薬/既存薬の効果を反映する分子指標にもなると期待されます。また、NAIP自体がALS治療薬になる可能性もあります。

発表雑誌:

雑誌名:英国科学雑誌「Scientific Reports」(Springer Nature)のオンライン版(2018年1月8日)
論文タイトル:Neuronal apoptosis inhibitory protein is implicated in amyotrophic lateral sclerosis symptoms
日本語訳:神経のアポトーシス(変性・細胞死)を抑制するタンパクは筋萎縮性側索 硬化症の症状に影響を与える。
著者:Osamu Kano, Kazunori Tanaka, Takuya Kanno, Yasuo Iwasaki, Joh-E Ikeda*
DOI番号:10.1038/s41598-017-18627-w
URL:http://rdcu.be/EiEt

用語解説:

(注1)筋萎縮性側索硬化症(ALS):ALSは、脳・脊髄や末梢の運動神経が冒され、四肢、発語、嚥下や呼吸に関する筋力が急激に損なわれる原因不明の神経疾患です。発症の平均年齢は55~57歳です。予後は非常に悪く、人工呼吸器を用いなければ生存期間は2~5年です。現在、日本国内のALS患者は9,000名を超しています。ALSの殆どは弧発性(発症の原因不明)で、約10%が家族性(責任遺伝子が同定されている)です。

(注2)NAIP: Neuronal Apoptosis Inhibitory Proteinの頭字。NAIPは、活性酸素などの酸化ストレスによって発現が誘導され、酸化ストレスが引き起こす様々な障害から細胞を保護し、神経の機能維持や生存に働く機能性タンパク質です。また、細胞や組織の炎症反応の調節にも関わっています。ヒトのNAIP遺伝子のコピー数は個人によって1コピーから数コピーと異なっています。

(注3)単核球(単核細胞):血液中の単核食細胞とリンパ球(T細胞やB細胞等)から成る単核白血球の総称。ウイルス感染や傷害を受けた細胞、細菌、抗原物質を処理して、免疫に関わっている。

(注4)NAIP-Dot Blot法による単核球NAIPの定量:先ず、健常者とALS患者の末梢血から血球細胞を分別して、NAIPが単球やリンパ球を含む単核球でのみ発現していることをウエスタンブロット法で確認しました。其の後、便法(単核球分離用採血管)を用いて健常者とALS患者の末梢血から単核球を分離しました。単核球の全タンパク質を抽出(全細胞抽出試薬使用)し、一定タンパク質濃度に調製したサンプルをPVDF膜にブロットし、抗NAIP抗血清によるドットブロット・蛍光強度測定法でNAIP量を定量しました。その際NAIPリコンビナントタンパク質を標準物質として用いました。

(注5)改訂ALS機能評価尺度(ALSFRS-R)スコア:ALS患者の運動機能の障害の程度を表す総合評価点(国際標準スコア)。12の運動機能に関する質問項目について、各項目の評価点数(0~4点で評価)の合計点数(48点満点)をスコアとして用います。スコアが低いほど重症で、治験の際の薬効の指標としてよく用いられます。

(注6)努力性肺活量:最大に空気を吸って(最大吸気位)から、最大限の努力で息をだした時(最大呼気位)の空気量(気量)です。
 

添付資料

図1:ALS患者群と健常者群のNAIP量
 

図2:NAIPとALSの運動機能(ALSFRS-R)変化率の経時的変化

 

【研究に関するお問い合わせ先】

研究責任者 池田 穰衛(株式会社ニュージェン・ファーマCEO)
〒153-0051 目黒区上目黒5-31-1 TEL 090-3086-6965
E-mail:joh-e@mgcheo3.med.uottawa.ca

臨床研究責任者 狩野 修(東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野講師)
〒143-8541大田区大森西6-11-1  TEL 03-3762-4151 FAX03-3768-2566
E-mail:osamu.kano@med.toho-u.ac.jp

 

【リリースに関するお問合せ先】

学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16  TEL 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail:press@toho-u.ac.jp URL: http://www.toho-u.ac.jp

株式会社ニュージェン・ファーマ(事務所)
〒195-0055 町田市三輪緑山2-26-2 TEL 044-989-8449
E-mail:office@neugenpharma.com

学校法人北里研究所 総務部広報課
〒108-8641 港区白金台5-9-1 TEL 03-5791-6422 FAX 03-5791-2530
E-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp URL:https://www.kitasato.ac.jp

シミックホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部
〒105-0023 港区芝浦1-1-1 TEL 03-6779-8200 FAX03-6683-3199
E-mail:pr@cmic.co.jp URL: https://www.cmicgroup.com/

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