あまり知られていませんが、コロナ禍において世界中の医療機関はじめ家庭でも使われ多くの人命を救っている機械の原 理を発見したのは日本人です。その人物の名前は青柳卓雄氏、機械の名前はパルスオキシメーター(pulse oximeter)です。パルスオキシメーターは、動脈血にどれくらい酸素が含まれているか(動脈血酸素飽和度:SpO2)を測定する機械です。COVID-19 肺炎の重症度診断に欠かせません。SpO2が低下すれば肺炎が重症化しているとわかるのです。

図1:パルスオキシメーターで
動脈血酸素飽和度(SpO2)を
測定しています。

この機械の測定原理は、1974 年の日本エム・イー学会(現:日本生体医工学会)で日本光電の工学技術者だった青柳氏が発表し、日本語で論文にして います。手書きです1)。1972 年に原理を考えつき、1974 年に特許の申請を終えてから学会で発表したのです。ほぼ同時期にパルスオキシメーターの開発を独自に進めていたミノルタカメラの山西昭夫氏が、青柳氏とほぼ同様な原理を用いた機械を「オキシメーター」の名前で特許出願しています。両者は全く技術交流がなかったそうですから不思議な話です。1975 年、中島進医師が世界で初めてパルスオキシメーターを使用した論文を発表しています2)。ここまでは日本が先頭を走っていました。

パルスオキシメーターの原理

以前は動脈血を採取してSpO2を測定していました。パルスオキシメーターは指を入れるだけでSpO2が測れます。夢のような機械です。
簡単にパルスオキシメーターの原理を説明しましょう。難解だと思われるでしょうが、原理は“シンプル”で“エレガント”です。血液は赤いですね。これはヘモグロビンの色です。ヘモグロビンは酸素と結合すると「鮮やかな赤色」を示します。酸素が少ないと「黒っぽく」なります。血液の赤さを調べればSpO2がわかるのです。パルスオキシメーターは赤い光を発し、その光源は2つあります。1「普通の赤い色の光」と2「赤外光」です。普通の赤い色の光は動脈血の色で透過性が変わります。赤外光は透過性に変化はありません。

「1と2の光の透過度を比較すれば酸素飽和度がわかる」

これがパルスオキシメーターの原理です。青柳氏自身「こんなうまい話がこんな手近なところにあるとは信じ難いことだった」と記しています。

図2:パルスオキシメーターは
2種類の赤い光を発しています。

米国から世界に広まった

1970年代後半、日本光電とミノルタカメラはパルスオキシメーターを作り販売を開始します。ミノルタカメラ社製のパルスオキシメーターに目をつけたのがスタンフォード大学の麻酔科のニュー医師(Dr. William New Jr.:1942-2017)でした。パルスオキシメーターを使えば麻酔をかけた患者のSpO2が簡単に測定でき、麻酔事故が劇的に減ると考えたのです。ニュー医師は麻酔医を辞めネルコア社を設立し、パルスオキシメーターの改良を行いました。ニュー医師の作ったパルスオキシメーターは、とても使いやすいものだったこともあり、世界中に広まりました。ニュー医師の予想は的中し、世界中の麻酔事故は激減しました。そのためかパルスオキシメーターは長らく米国人が考案したと思われていました。

青柳氏を世界に紹介したのは米国人麻酔医

今、青柳氏のことは世界中の呼吸関連の教科書に載っています。元となった論文は日本語ですが、この論文を英訳して世界に紹介したのはカリフォルニア大学の麻酔科のセブリングハウス教授です(文献3)。素晴らしい話だと思いませんか?

パルスオキシメーターでどのような病気がわかるのか?

麻酔事故を防ぐだけではありません。呼吸器系の病気の診断や治療に欠かせません。COVID-19肺炎の経過観察に使われているのは皆さんも承知のことと思います。それだけではありません。未熟児網膜症という病気はパルスオキシメーターのおかげで激減しました(文献4)。

青柳卓雄氏はノーベル賞に擬せられていたが、それは本当か?

これは資料がひとつしかありません。1997年の日本小児麻酔学会で特別講演をしたステン・リンダール教授が「青柳氏をノーベル賞に推薦したい」と講演で話したそうです(文献5)。リンダール教授はカロリンスカ医科大学の生理学、薬理学の教授で、ノーベル賞選考委員の1人でした。残念なことに青柳卓雄氏は2020年4月18日に逝去されたのでノーベル賞を受賞することはかないませんでした。
パルスオキシメーターはこれからも無数の人びとの命を救うでしょう。そういった素晴らしい機械の原理を考えつき、世界の医療史に燦然と輝くのが日本人科学者だということは、もっと知られてしかるべきだと思っています。

    【参考文献】
  • 1.青柳卓雄 他『イヤピース・オキシメータの改良』医用電子と生体工学, vol. 12 (Suppl), pp.90-91, 1974
  • 2.Nakajima S et al.: Respiration and Circulation vol. 23, pp.41-45, 1975
  • 3.Severinghaus JW et al: J Clin Monit vol. 3, no.2, pp.135-138, 1987
  • 4.Castillo A et al.: Acta Paediatr. vol. 100, no. 2, 188-192, 2011
  • 5.諏訪邦夫 著(2007)『血液ガスをめぐる物語』中外医学社


Dr.Mochiduki's Column