感染症治療薬というと、

  • ❶ 菌に対して用いられる抗生物質:ペニシリン、セフェム、キノロンなど
  • ❷ 結核に対して用いられる:ストレプトマイシン、カナマイシン、リファンピシン、イソニアジドなど
  • ❸ ウイルスに対して用いられる:バラシクロビル、タミフル、イナビルなど
  • ❹ 寄生虫に対して用いられる:イベルメクチンなど

が挙げられます。他にも多数ありますが、病原微生物の“数”に比して“微々たる数”です。世界中でCOVID-19治療薬が開発されていますが、インフルエンザにおけるタミフルのような薬はまだ見つかっていません。タミフルを世界で一番多く使っているは日本です。世界のタミフル全使用量のうち約75%が日本で使わ れています。日本は、インフルエンザを、抗原検査で診断してタミフルなどの抗ウイルス薬を投薬するという事を行っている世界でも極めて稀な国なのです1)

話は変わります。三大感染症といえば、

  • ❶ 結核 :150万
  • ❷ エイズ :120万人
  • ❸ マラリア :44万人

の3つでした。数字は2015年のWHO統計による死者数(世界全体)を示します。
世界で結核による死者数は依然として高いままです。結核にはワクチン(BCG)があり、治療薬も沢山ありますが、死者数は減りません。結核対策には薬だけでなく、社会環境の整備(栄養、上下水道etc.)が必要である事を示しているといっても過言ではないと思います。

本題です。皆さんは

  • ❶ 糖尿病治療薬のメトホルミン
  • ❷ 高脂血症治療薬のスタチン系薬

が結核に効くと思いますか? 「効きます」といわれてもにわかには信じがたいでしょう。私もそうでしたが、少し考えが変わりました。

メトホルミンを服用している糖尿病患者さんは結核による死亡率が低い

メトホルミンによる結核に対する臨床評価論文の一つを紹介します2)

Nicholas R Degner, et al.Metformin use reverses the increased mortality associated with diabetes mellitus during tuberculosis treatment:Clinical Infectious Diseases, Vol. 66, 2018, pp.198-205

国立台湾大学病院とアメリカのジョンズ・ホプキンス大学と共同研究です。
この論文によると「糖尿病を合併していると結核の死亡率は約2倍になるが、メトホルミンを服用していると死亡率は高くならない」とあります。なぜメトホルミンという糖尿病治療薬が結核に効くのでしょう? 様々な説があります。結核とメトホルミンに関する論文は100数編が出版され(2023年8月時点)、研究が進んでいます。

メトホルミンには多様な作用がある

  • ❶ メトホルミンには寿命をのばすアンチエイジング作用があるとの研究も多数あります3)
  • ❷ 「メトホルミンで糖尿病治療をしていた群ではCOVID-19死亡率が低かった」4)という論文もあります。
  • ❸ メトホルミンは「子宮体癌」にも効くかもしれないとのことで治験が始まっています5)
  • ❹ メトホルミンは脳腫瘍の治療にも有用?

「国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科の成田善孝氏らのグループは2022年6月、悪性脳腫瘍である膠芽腫に対して、標準治療に糖尿病治療薬メトホルミンを併用した場合の安全性と有効性を評価する第2相試験を開始した」との報道もあります6)。(2022年6月30日)
メトホルミンは万能薬でしょうか?

高脂血症治療薬のスタチンも結核に「効く」という論文が多数あります7)

Statin use and risk of tuberculosis: a systemic review of observational studies. Int J Infect Dis . 2020 Apr;93:168-174. など多数。

メトホルミンやスタチンは病原微生物を死滅させるような薬ではありません。このようなお薬は宿主(感染を生じているヒト)側の状態を良くさせるという「Host DirectedTherapy(HDT)」といわれています。薬剤耐性も生じないか、生じにくいだろうと予想されています。
そのうち「スタチンとメトホルミンをのんで結核を治そう」という時代が来るかもしれません。メトホルミンやスタチンのように、元々の薬効の他に別な病気に有効な薬効が見つかる事を「ドラッグ・リポジショニング(drug repositioning)」といいます。(注:言語学者小島剛一氏より「想定外薬効開発」が訳語としてはどうでしょうかとの提案がありました。私もそれに賛成です。)
今、COVID-19の治療薬が研究されています。灯台下暗しで、もしかしたらメトホルミンやスタチンの様に思わぬ所から、COVID-19に効くお薬が見つかるかもしれません。見つかれば良いですね。



    【参考文献】

  • 1) ITmedia ビジネスオンライン
    https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1412/09/news030.html (2014年12月9日公開)
  • 2) Degner NR et al.: Clin Infect Dis vol. 66, no. 2, pp.198-205, 2018
  • 3) 糖尿病ネットワーク https://dm-net.co.jp/calendar/2016/024632.php(2016年1月14日公開)
  • 4) Crouse AB et al.: Front Endocrinol vol.11, 2021
  • 5) Meireles CG et al.: Gynecol Oncol vol.147, no.1, pp.167-180, 2017
  • 6) 日経メディカルオンライン https://www.nikkei.com/compass/content/NMOKDBNMOmedi_57570 2/preview(2022年6月30日公開)
  • 7) Duan H et al.: Int J Infect Dis vol.93, pp.168-174, 2020


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